都会で暮らしているとなかなか気付かないことですが
「本当の夜」は真っ暗です。
東京を遠く離れた地方では、今でも懐中電灯なしで外を歩くことが出来ません。
しかしふと見上げれば、夜空は白くかすむ位にたくさんの星で満ちていて、
天の川の輪郭さえはっきりと見分けることが出来るのです。
そんな夜には、
地球や太陽が大きな銀河の一部であるという事実を改めて実感させられます。
今から100億年も昔、私達の太陽の前に別の「太陽」がありました。
その太陽が燃え尽きた時、広大な銀河にまき散らされた星屑こそが
私達の体を構成している元素なのです。
それはあまりにも壮大な時間と空間の歴史ですが、しかし確かに私達も、
この壮大な時間の流れを宇宙と共有しているのだという厳然たる事実に
思いをはせる時、静かな勇気を感じます。
地方の夜の深い闇の中では、
夏のホタルもまた妖しく不思議な輝きです。
そんなホタルの光に魅せられて、私は自宅のすぐ裏の田んぼから
2匹のホタルを持って帰ったことがありました。
朝には元の場所に戻す積りで、
そのホタルを透明なビンに入れ机の上に置いて寝ました。
しかし翌朝になって目覚めると、ホタルが1匹しかいないのです。
ビンには小さな穴が開いていましたが、その穴から1匹抜け出してしまったようでした。
見回せば、部屋はさまざまな書類や荷物や生活のガラクタで散らかっていて、
その何処かに紛れ込んでしまった小さな虫を探し出すことはまず不可能でした。
「この部屋のどこかで、きっと干からびて死んでしまうのだろうな」
私はひどく罪悪感に駆られました。
残った1匹はすぐに田んぼに返そうと思いましたが、ちょっと思いついたことがあり、
もう一晩だけ、ホタルのビンを机の上に置いておくことにしたのです。
次の夜、暗闇の中で目を覚ますと、部屋の向こうの机の上に小さな光が見えました。
(ひとつ、ふたつ・・・!)
残ったホタルの光に誘われて、逃げたホタルが戻ってきたのです。
2匹のホタルはビンの中と外で、光と光の会話を交わしているようでした。
その不思議な美しさに時間を忘れて見惚れました。
ホタル同様、人もまた社会の混沌という闇に埋もれて暮らしています。
そんな中、自分と同じ夢に向かって頑張れる誰かを見つけ出すことは
とても困難な事業なのかもしれません。
しかし、
もし自らもまた闇夜のホタルのように穏やかな光を発して生きることができるなら、
いつの日か、同じ光を発する仲間を見つけることができるに違いない。
だからこそ、たとえ不器用な生き様ではあっても諦めず、
自分の時間を精一杯に生き抜いて行く・・・
2つのホタルの光を見詰めながら、
そんな生き方があっても良いじゃないかと私は思ったのでした。