私の取り組んでいる弁護士業務の一つは、労働問題です。その労働問題の多くは、企業側の代理人、あるいは企業へのアドバイスという形で行っています。
私のところに相談がある案件の多くは、すでに紛争となっている段階で持ち込まれます。特に、初めての依頼という場合は、100%に近い案件が(元)従業員から訴訟や労働審判を起こされたというものや、弁護士から内容証明郵便が来たといった紛争が現実化したものです。
このような労働紛争を扱っている中で、労働紛争が起こる原因の一つは、コミュニケーション不全にあるのではないかと感じています。
例えば、典型的な労働紛争として、未払い残業代の請求があります。未払い残業代の請求とは、その名の通り、残業代がきちんと支払われていないことを理由に、その未払い分を(元)従業員が雇い主である企業に対して請求するものです。
そのため、未払い残業代請求の争点は、①残業をしたのか、②その残業に対して残業代を支払ったかに尽きます。(①と②の中で、争点はさらに細かく分かれていきますが、大きく分類すれば争点はこの2つです。)
しかし、訴訟や労働審判の中でしばしば企業側から主張されるのが、「(元)従業員のことをこんなにも考えていた」、「こんなにもよくしてあげた」というものです。こういったことを訴訟などで主張したいという要望を受けることがしばしばあります。反対に、(元)従業員から主張されるのは、「企業からこんなにひどい目にあった」ということです。
このような主張は、残業代請求の中では意味を持たないことがほとんどです。しかし、当事者である企業、(元)従業員はこのようなことについて裁判所にわかってほしいという気持ちを強く持っています。
こういった事例は少なくないのですが、雇っている側と雇われている側でここまで認識の違いがあるのはなぜなんだろうと不思議に思っていました。よくよく話を聞くと、こういった主張が互いに出てくる企業では、企業側(経営者や上司)と従業員が話し合う機会が少ないという共通点があることに気付きました。
このような事例は、特に従業員が20名程度を超えて、数十名程度の企業に多いように感じます。
従業員が20名以下であると、創業メンバーともいえるような近い関係の従業員であったり、経営者が全員と日常的に接する機会が多いことがほとんどです。しかし、20名を超えてくると部署ごとに分かれることが多くなり、コミュニケーションの機会が減っていきます。
そのため、企業としては従業員のことを考えてやったことや制度が、従業員からは不満があるということが起きるようになります。これは、従業員が20名に満たない小さな規模の会社でも起こることですが、小さな会社ではコミュニケーションを取る機会が多く、その不満について経営者が直接聞くことができることから、制度を変更して対応することもできますし、反対に、経営者の考えを直接従業員に伝えることで従業員の方が考えを変えることもあります。
しかし、人数が増えてコミュニケーション不全の状態に陥ると、従業員の不満は経営者まで伝わらず、経営者の思いも従業員に伝わらないという状況になってしまいます。そして、問題は解決されないままに互いに不満をためるようになり、労働紛争に至ることが多いのです。
このように、労働紛争の原因の一つは、企業内のコミュニケーション不全にあるということができます。
だからこそ、企業の規模を拡大していく中で、コミュニケーションをどうやって取っていくかは、売り上げを上げるための方法を考えるのと同じくらい重要なことなのです。
企業の経営者の方々には、ぜひ従業員とのコミュニケーションについて改めて考えていただければと思います。
(弁護士 大城章顕)