今、日本のモノづくりは30年前の輝きを失って苦しんでいます。
その理由がどこにあり、何をすれば日本のモノづくりが復活するのかということについてずっと考え続けてきました。
そして、ある会社の現場で作業者向けのあるリーフレットを見つけた時、私は日本のモノづくりが世界に勝てなくなってしまった理由を理解したのです。
「社外厳秘」のリーフレットですので、そこに記されたモノづくりやカイゼンのテクニックについては一切触れません。第一ページの「カイゼンの心得」だけを紹介させていただきます。
「カイゼンの心は人間尊重
作業者の人生を1分1秒たりとも無駄にすることは失礼にあたる
だから、1分1秒もムダにせず製品にする」
このカイゼン心得は私にとって5つの意味で衝撃的でした。
<衝撃1>
まず、どう考えてもこれが人間尊重のメッセージとは思えませんでした。作業者は1分1秒トイレに立つことすら許されず、どんなに頑張っても正社員にすらなれないのです。ですからこれは、明らかに人を使い捨てにする思想の現れです。それにも拘わらず「人間尊重」と謳っている無神経に怒りを感じました。
<衝撃2>
次にこのメッセージは稚拙です。仮に経営の事情として、止むを得ず厳しい作業を作業者の方々に強いざるを得ない状態にあったのだとしても、「あなたの人生を1分1秒もムダにせず製品にします」と言われて「さあ、頑張ろう!」と思う作業者がどのくらいいるものでしょうか?
<衝撃3>
仮にもし、この心得の通りに作業者から最後の1分1秒を奪い取り、足の運び方や視線の動きなどの全てを厳密に決められた作業手順で縛る時、創意工夫によって新しい価値を生み出す余地が完全に失われることへの恐怖を感じました。それにも拘わらず経営計画には、現場の「自主的」な努力によって5%の生産性向上を達成すべきことが織り込まれていました。
<衝撃4>
作業者に「自主的」なカイゼンを求め、それをあらかじめ経営計画に織り込むことはタダ働きの要求です。正社員ならまだしも、工場の作業者の多くは非正規の方々でした。その非正規の方々に「自主的」な頑張りを強要することは明らかにコンプライアンス違反です。
<衝撃5>
そして最も絶望的だと感じたことは(!)、この古びたカイゼン手帳が会社の競争力を支える根本知識として社外厳秘とされていたことです。井の中の日本大海を知らず。それはパソコンどころか電卓すら存在しなかった50年以上も前に纏められ、多くの人材やインターネットと共に他社や世界に流出し、とっくに時代遅れになっている知識だったのですが・・・
こうして感じた懸念を工場長に伝えると、こんなお答えをいただきました。
「ご心配には及びません。この工場では面接の時、『自主的に頑張ります』と約束してくれた非正規だけを採用しています。だから何も問題ありません。情報漏洩の件も、退職の時に秘密保持の誓約書を提出して貰っていますから大丈夫です。」
工場長室の外に出ると、工場はシンと静まり返っていました。何百人もの方々が厳しい作業に黙って耐えていることが信じられないくらいの静寂がそこにはありました。